「頑張っているのに評価されない」と言われたとき、制度の何が壊れているか
評価面談でこの言葉が出ると、多くの会社は本人の受け止め方の問題として処理します。ですが制度の設計を見ていくと、原因は別のところにあることがほとんどです。
「頑張っているのに評価されない」という不満は、たいてい本人からではなく、経営側から持ち込まれます。社長や管理職が「うちの社員がこう言っている、どう答えればいいか」と相談してくる形です。
このとき、返事は2通りに分かれます。本人の受け止め方の問題として扱うか、制度の問題として扱うか。私は後者から確認します。同じ不満が複数の社員から出ているなら、それはもう個人の話ではありません。
その一言は、本人ではなく制度に向けられている
まず押さえておきたい前提があります。評価されているのは、その人の成果そのものではありません。評価者に伝わった成果です。
管理職は自分の担当業務を持ちながら、複数の部下を見ています。全員の仕事を細部まで把握することは、時間的に不可能です。つまり評価者は、経営が思っているよりずっと部下の仕事を見ていません。これは怠慢ではなく、構造です。
問題は、その構造を放置したまま制度を回すと、「自分の仕事を上手に伝えられる人」が有利になることです。伝達のうまさを評価していることになりますが、たいていの会社はそれを評価項目に置いていません。評価したいものと、実際に評価されているものがずれている状態です。
壊れ方①:評価者に、情報が届いていない
期末になってから半年分を思い出す。この運用をしている限り、評価は記憶の鮮明さで決まります。直近2か月の出来事が過大に効き、期初の成果は消えます。
ここを個人の努力で埋めさせてはいけません。「もっとアピールしなさい」と本人に返すのは、制度の欠陥を社員に肩代わりさせる行為です。設計側でやることは決まっています。
- 評価対象の事実が、期中に上がってくる経路をつくる(週報でも、1on1の記録でもかまいません)
- 評価者が「見ていないこと」を前提に、他部署からの情報を拾う仕組みを入れる
- 記録がない項目は評価しない、と決める
3つ目が効きます。記録に残っていないものを評価対象から外すと、評価者は期中に記録を取らざるを得なくなります。
壊れ方②:期待している役割が、言語化されていない
会社が求めている方向と、本人の努力の方向がずれている場合、どれだけ頑張っても評価には結びつきません。現場でよく見るのは、こういうズレです。
- 新規開拓を増やしたい会社で、既存顧客のフォローに時間を使っている
- スピードを重視している組織で、資料の完成度を100点まで磨いている
- チームの成績で見ている環境で、個人の数字を追いかけている
本人からすれば、全部きちんとした仕事です。誰も手を抜いていません。それでも評価されないのは、その等級・その役職に何を期待しているのかを、会社が言葉にしていないからです。
等級定義とは本来、そのための道具です。「主任は何ができる人か」を1行で説明できない会社では、評価は評価者の好みに寄ります。そして好みで決まった評価は、必ず不公平として認識されます。
評価制度をつくる作業の大半は、点数の付け方を決めることではありません。会社が何を期待しているのかを、言葉にする作業です。
壊れ方③:「回す人」は評価できても、「仕組みをつくる人」を評価できない
3つ目が、いちばん見落とされます。
自分で動いて数字をつくる人は、評価しやすい。成果が個人に紐づいていて、目に見えるからです。一方で、うまくいっている理由を言葉にして、他の人が同じようにできる形にした人は、評価表のどこにも載りません。
たとえば、なぜか入社率が高い面接官がいるとします。本人に理由を聞くと「なんとなく、この人には合いそうな話をしています」としか返ってきません。この「なんとなく」を分解して、他の面接官が再現できる手順にする。これができる人は、その会社の採用力を丸ごと引き上げています。
ところが個人成果だけを見る制度では、この仕事は数字になりません。結果として、社内でいちばん再現性を生んでいる人が、いちばん評価されないという事態が起きます。
もう一つ、この壊れ方には副作用があります。属人化が消えないことです。属人化は潰すべき問題として語られがちですが、実際には仕組み化の原材料です。誰かが属人的にうまくやっている状態がなければ、取り出す中身がありません。仕組みをつくる仕事を評価しない会社は、その原材料を抱えたまま、加工する人が現れるのを待ち続けることになります。
制度の改定に入るときは、この「仕組みをつくる仕事」を評価表のどこに置くのかを必ず論点に上げます。置き場所がないままでは、再現性を生んだ人が翌年もまた個人成果だけで測られることになるからです。
自社の制度が壊れているかを、3つで確認する
制度の良し悪しは、分厚さでは分かりません。次の3つで確認できます。評価される側ではなく、評価する側に聞いてください。
- 評価基準を、評価者が自分の言葉で説明できるか。資料を読み上げるのではなく、部下に向かって説明できるか
- フィードバックが、結果の通知で終わっていないか。「B評価でした」だけなら、それは通知であって評価ではありません
- 高く評価された人に、共通する行動を挙げられるか。挙げられないなら、基準は運用されていません
3つとも答えられない場合、直すべきは運用ではなく設計です。評価者研修をいくら回しても、基準そのものが無い状態は変わりません。
ちなみに、この3つを管理職に聞いてみると、評価基準を自分の言葉で説明できない方が8割です。説明できる人のほうが珍しい、というのが実感です。制度がないのではなく、あるのに使われていない会社がほとんどです。
まとめ
「頑張っているのに評価されない」という言葉は、社員の甘えとして処理されがちですが、実際には制度からの信号です。
- 評価者に情報が届く経路が設計されていない
- その役割に何を期待するのかが、言語化されていない
- 仕組みをつくる仕事が、評価表に載っていない
いずれも本人の努力では解決しません。そして経営者にとって厄介なのは、この話が社内から上がってきにくいことです。評価と報酬の不満は、立場のある人ほど口にできません。言えないまま置かれている不満は、消えたわけではなく、見えなくなっただけです。
