自社の給与水準が「世間並み」かどうかを、社長はどう確かめるか
求人票にいくらと書くか。今年の昇給をどこまで出すか。どちらも最後は「世間並みかどうか」で決まります。ところが、その確かめ方を持っている会社は多くありません。
「うちの給与、世間と比べてどうなんでしょうか」
採用や評価制度の相談に入ると、必ずこの質問が出ます。求人票の提示額を決めるときも、昇給の幅を決めるときも、判断の土台になるのがこの一点だからです。
「相場」は、聞く相手によって変わる
給与水準の情報は、たいてい人づてに入ってきます。付き合いのある採用支援会社、同業の経営者仲間、あるいは社員本人。どれも参考になりますが、それぞれ前提が違います。
採用支援の会社が言う「この職種ならこのくらい出さないと決まりません」は、採用を成立させる立場からの言葉です。経営者仲間の「うちはこのくらい出している」は、その会社の事情を含んだ一例です。社員の「同期はもっともらっているらしい」は、伝聞であることがほとんどです。どれも嘘ではありませんが、そのまま自社の基準にはできません。
相場として使えるかどうかの見分け方は、ひとつです。「直近で実際に決まった、同じ職種の金額」を挙げられるかどうか。挙げられるなら、それは相場の話です。「今は売り手市場なので」「いい人はすぐ決まってしまうので」しか返ってこないなら、それは相場ではなく、判断を急がせる言葉です。
統計の平均値は、自社の判断には使えない
もう一つよくあるのが、公的統計の平均賃金を持ち出すやり方です。参考にはなりますが、そのまま自社の判断には使えません。
業種も、企業規模も、地域も、職種も違うものが混ざった平均値だからです。同じ「事務職の平均」でも、都市部の大企業と地方の中小企業では前提がまったく違います。平均に届いていないから低い、届いているから適正、という読み方をすると判断を誤ります。
自社の水準を見るときに揃えるべき条件は、次の4つです。
- 同業種(近い職種でも、業界が違えば水準は変わります)
- 同規模(従業員数の桁が違えば、比較の意味が薄れます)
- 同エリア(通勤圏が競合です。全国平均は競合ではありません)
- 同職種・同経験年数
この4つを揃えると、参照できるデータは一気に減ります。ですが、減ったあとに残る数字のほうが、判断には使えます。
いちばん確かなのは、実際に払われた額
市場の水準とは、突き詰めれば誰かが実際に払った金額のことです。統計でも、誰かの体感でもありません。そして自社の周辺には、その「実際に払われた額」を知る手がかりが、思っているより残っています。
水準を確かめるとは、平均を調べることではなく、自社の近くで実際にいくら払われたかを集める作業です。
現実的に取れるのは、この3つです。
- 内定を辞退した人が、どこにいくらで決まったか。辞退の連絡をもらったときに、差し支えなければ決定先の条件まで聞きます。理由だけ聞いて終える会社がほとんどですが、いちばん精度の高い情報がここにあります
- 同エリア・同職種の求人票の提示レンジ。求人媒体で条件を揃えて並べます。ただし媒体に載っているのは「募集額」であって「決定額」ではありません。上限は盛られている前提で見ます
- 中途入社者の前職給与。オファー面談で把握しているはずの情報です。何年分か並べると、自社がどのくらいの層から採れているかが見えます
1つ目は、実際にやってみると手応えが分かれます。金額まで具体的に答えてもらえるのは1〜2割です。ただ、「こちらの提示より高かったかどうか」は、ほぼ答えてもらえます。正確な金額が分からなくても、自社の提示が上だったのか下だったのかが分かれば、判断には十分使えます。
外と比べる前に、中のズレを見る
ここまで外との比較を書きましたが、順番としては社内のズレを先に見るべきだと思っています。
同じ仕事をしている2人の給与に差があるとき、その理由を説明できるか。入社時期の違い、前職の年収、当時の採用の逼迫度。こうした本人の働きぶりと関係のない事情で差がついたまま、何年も据え置かれている会社は珍しくありません。
この状態で世間の水準に合わせて全体を引き上げても、不満は消えません。社員が納得できないのは金額の絶対値ではなく、隣の人との差に説明がつかないことだからです。外に合わせる前に、中を説明できる状態にする。順番を逆にすると、原資だけ使って不満が残ります。
実際、同じ仕事をしている社員の給与差を説明できるかを聞くと、説明できない会社が5〜6割あります。しかも説明できた場合でも、理由は入社時期や当時の採用状況といった、本人の働きぶりとは関係のないものがほとんどでした。
「うちは払えない」と言う前に
水準が低いと分かったとき、多くの社長が「それは分かっているが、うちには原資がない」と言います。もっともな話です。ただ、ここには2つの別の問題が混ざっています。
- 総額の問題:人件費として払える上限そのもの
- 分配の問題:その総額を、誰にどう配るかの設計
総額が増やせないなら、動かせるのは分配だけです。そして分配を変えずに一律で少しずつ上げるやり方は、いちばん揉めにくい代わりに、いちばん効きません。全員が少しずつ上がっても、誰の納得も動かないからです。
原資が限られているときほど、どこに厚く配るかを決める必要があります。それは経営判断であって、制度の計算式が決めてくれるものではありません。
まとめ
- 相場は、聞く相手によって変わる。根拠として「直近で実際に決まった金額」を挙げられるかで見分ける
- 公的統計の平均値は、業種・規模・エリア・職種を揃えないと自社の判断には使えない
- 確かなのは実際に払われた額。辞退者の決定先、同エリアの提示レンジ、中途入社者の前職給与から集める
- 外に合わせる前に、社内の差を説明できる状態にする
給与の話は、社内では誰も切り出せません。社員は言えば要求になり、管理職は言えば自分の評価に跳ね返る。結果として、水準の話は経営者がひとりで抱えたまま、決算の直前に慌てて決めることになります。外の人間を1人挟むだけで、この構造は変えられます。
